今も忘れられない会話@韓国

  • 2018.06.17 Sunday
  • 09:58

昨年9月、突発的に韓国に行ったことがある。

目的は"NO LIMIT SEOUL"というアナーキストが集まるイベントで、パンクバンドのライブに行くことだった。

結局「0泊2日」というクレイジー極まるスケジュールになりボロボロな状態で帰国。

情けなくて「もう無茶はしない」と誓ったが、今でも忘れられない会話がある。

 

バンド演奏の合間、会場にいた男性に話しかけられた。

男性:「日本人?」

私:「...そうです」

男性:「いやぁ、演奏すごいよね」

私:「ですよね」

という感じ。会話は英語で、いたって普通。

 

次のバンドの演奏の後、「上に行こう」と話す男性。

「タバコですか?」と聞くと、「いや、外の空気を吸いに」という。

「なるほど、OK」と行って私もついて行った。

 

ライブハウスは地下にあるので、ガンガン盛り上がった後は熱気がこもり、暑くて蒸す。

演奏の合間に妙に人がいなくなるなと思ったら、みんな外に出てタバコを吸ったり人と話したりして休憩していたのだ。

 

男性に「どこからきたんですか?」と聞くと「ドイツから」と言っていた。

「昨日別の空港からソウルまで乗り継いだけど、10時間近く飛行機の中にいたからもうクタクタで」と笑っていた。

そのあとに男性から「何の仕事をしているの?」と聞かれ、ちょっと焦った。

 

私:「えーっと...SEです。」

男性:「SE?」

私:「えーっと...ITの...その...System Engineerで」

男性:「あ、それね。僕もだよ」

そう言って会社の名刺を見せてくれた。

でも、私はちょっと申し訳なかった。当時は入社後の研修が延長となり、

プログラミングに対しては強烈な苦手意識があったからだ(今もだけれど)。

だからプロフェッショナルなエンジニアとは程遠い。

しかし、彼は瞬時に眉間にしわを寄せてこういった。

男性:「え、日本のIT企業っていうと長時間労働が問題になっているけど、君は大丈夫なの?」

びっくりした。

「うん大丈夫、ちゃんと定時で帰ってるよ」と返した(気がする)。

けど、何というか、私だったら「ドイツって〇〇が問題になっているけど、あなたのところは大丈夫?」と言えないと思ったからだ。

 

その後も話が盛り上がった。いや、彼が話し上手だった、と思ったほうが良いかもしれない。

硬軟織り交ぜた話題を次々に投げてくるのだ。

 

男性:「日本語だったら『マツザカ』ならわかる。映画"Lost In Translation"でセリフにあったんだ」

私:「ほほう、"Lost In Translation"ね、覚えとく」

男性:「そうだ、"TAKESHI CASTLE"ってわかるかな」

私:「タケシキャッスr...あ、『風雲たけし城』のこと!?!?」

男性:「そうそう! ドイツで放送してるんだよ」

私:「何で??(笑) 結構前のやつだよ」

男性:「わかんないや(笑)。でもものすごく面白くてさ」

 

男性:「ところで、日本の悪いと思うところって何かあるかな?」

私:「え? ....えーっと...(たくさんあると思うんだけどどれから言えばいいかなそのあの)」

男性:「僕は、ドイツ(注:ドイツ人、という意味で話していたかも)の悪いところって『自分の意見を他人に押し付ける』ところにあると思うんだよね。意見を言うだけ、ならまだいいけれど、他人まで全く同じ意見にしようと強制するのは良くないと思うんだ」

私:「はぁ...その...」

男性:「そうだ、逆に、日本の良いところってあるかな?」

私:「え...その(どれがいいかな)」

男性:「ドイツだとね(以下省略)」

 

私はただ相槌を打つだけだったと思う。

文章だけだと彼が一方的に話しているだけに見えるかもしれない。

けれど、私が口を開くときはちゃんと目を合わせていて、話には頷いてくれた。

私の話を聞いた上で、さらに話題を転がして行く人だった。

そもそも、初めて会った相手を前にして話題が尽きないってところがもうすごいというか。

私が考えているとき「そうだな...(Let me see...)」ってはっきり言えばもう少し待ってくれたかもしれない。

 

ライブが終わってからご飯を一緒に食べた時、「ごめん、私そんなに会話返せなくて」と伝えてみた。

すると彼はこう言ったのだ。

「ううん、大丈夫。君の英語はよく聞き取れるし、僕の話も聞いてくれる。僕は話すことが楽しいから、気にしてないよ」

ものすごくうろ覚えだけれど、好意的なコメントだったことは覚えてる。

頭が良い、というか、紳士的な会話ができるってこういう人のことをいうんじゃないかな。と感じた夜だった。

 

ちなみに「ちょっとお手洗いに行きますがとっさに英語で出てこなくてめっちゃ焦ったので、

海外旅行の前に言い方を調べておくと現地で楽になる。とここに書いておきます。

※女性だと"I'll powder my nose"(鼻にお粉してきます)がスムーズなんだとか。

NHKジャーナルのご視聴、ありがとうございました。/『グリム童話 ミリー』 #bibliobattle

  • 2018.04.14 Saturday
  • 22:06

JUGEMテーマ:オススメの本

JUGEMテーマ:ラジオ

 

昨日のNHKジャーナル「文化流行」のミニ・ビブリオバトル、ご視聴ありがとうございました!

様子はこちら↓ (聞き逃した方へ、まだ聴けます)

http://www4.nhk.or.jp/nhkjournal/

ひとまず、忘れないうちに感想を書いておきます。

 

流れるように案内された夜のNHK。

打ち合わせを一通り済ませてから、控え室で待っていました。

とにかく、夜の放送局、という環境自体が新鮮で、ついキョロキョロとみてしまいました。

記憶に頼りますが...スタジオは実際の番組収録・放送を行う密閉空間のブースと、その前に無数のモニターと機材が並べられたところ、かつその後ろに事務室のような場所がありました。

画面にはNHKで放送中の番組だけではなく、他局でどんな番組が放送されているか、もわかるようになっています。

(ここで「火垂るの墓」が放送されていたことに気がつきました)

 

スタジオの周辺は、モニターを見つめ、資料を片手に合図を送る人たち、ブースから出てきて事務所らしき場所に戻る人。ただラジオを聴くだけではわからない、背後にいる無数のスタッフが無駄なく、キビキビと動いていました。

本当は一人一人に「あなたの仕事はなんですか?」と聞いてみたかったのですが、

そんなことをしたらお仕事の邪魔になるに決まっています。第一、私が不審者です。なので聞けませんでした。

 

今夜、私が役割を終えてこの場所をでても、この人たちにはまだお仕事がある。

ここは眠らない場所なんだろうなと、昔やっていた夜勤仕事を思い出しました。

 

番組開始時、ブースに座ると緊張して、最初はつっかえつっかえでした。

ただ、顔を上げるとキャスターの皆さんが目線を合わせてくださりますし、「うんうん」と頷き、私の声ひとつ一つに反応をくださる。「あ、聴いてくださっているんだ」という安心感から、そこから先は緊張がとけて滑りがなめらかになったような気がします。

プロフェッショナルの聞上手が目の前にいる...しかも声がいい。

 

ビブリオバトルって「この人に向けて話そう」と決めると、とても話しやすくなるような気がします。

私はつい「自分の最高の紹介で会場を盛り上げよう」とか

「自分は喋りがうまいんだぞ」って見栄を張った結果、肝心の紹介がおろそかになりがちなので反省です。

 

さて、私が紹介したのは、ヴィルヘルム・グリム原作、モーリス・センダックが絵を描いた絵本。

『グリム童話 ミリー -天使にであった女の子のお話-』(ほるぷ出版)。

まだ小さかった頃、母に読み聞かせてもらった本の一つです。

「花」というテーマをいただいた時に「そういえば」と読み返して内容がピタリと当てはまった本でした。

 

うろ覚えで申し訳ないのですが、

この『ミリー』というお話は、母親をなくした実在の少女ミリーに送られた物語だとされています。

その後、ミリーの家族が持っていた物語が出版社に売却され、

その物語を知ったセンダックが、5年の歳月をかけて絵をつけた...というのが本が作られた経緯だそうです。

 

少女:ミリーを戦から守るため、母親はミリーを森へと逃がします。

彼女は「3日経ったら、戻っておいで」という母の言葉を信じ、森の奥へと進みます。

傷だらけの足でたどり着いた小屋で、ミリーは真っ白な顎髭を生やした老人:聖ヨセフと、自分そっくりの少女と出会います。

食べるものを取るために働き、色とりどりの花に囲まれて、楽しく遊んだ3日間のあと、

「もうここにいてはいけない」と言われて手渡されたバラの蕾を手に、ミリーは家へと帰ります。

森を抜けて自分の住んでいた村へ戻ると、なんだか様子が違うし、人々もよそよそしい。

そして家へ戻ると、玄関先に座っていた老婆がこう叫びます「ああ、私の娘が帰ってきた!」と。

実は、ミリーが森で過ごした3日間は、ミリーの母親が戦争の辛酸をなめた30年にも及ぶ月日だったのです...。

 

子供の時は、主人公が持っている食べ物(ケーキ)が美味しそうだな、ということや、

ヒルガオに注いだぶどう酒はどんな味がするんだろう、といった事柄に興味が惹かれていましたが。

10年以上経ってから読み返すと、ミリーの優しい言葉が心にしみいり、

また、最後の母親の心境もわかるようになる、というのでしょうか。

30年間を耐えたお母さんの苦悩と、それでも娘が無事でいてくれたことを信じたい気持ちと、願うなら再会したいという気持ち。

私も同じ状況であれば、きっとお母さんと同じことを神様にお願いするかもしれません。

 

バトル後はTwitterで感想を読みつつ、ずっとこの話について考えていました。

終わって気がついたのですが、これは「終わりは恐怖するものではない」と伝えたい物語なのかもしれません。

かといって、新しい始まりをやたらと強調することもない。

ただ静かに、人間がたどる旅路を優しく描いたのではないか。

個人ではどうあがいても変えられない「こうするしかなかった」という現実に、

せめてもの幸せな終わりを作るための物語...ではないでしょうか。

 

もちろん、それ以上の、全く別の解釈があっていいと思います。

いまだに、何度も読み返せる素敵な絵本です。

 

伊東さんが紹介してくださった『フローラ逍遥』、見せていただきましたが本当に素敵な本で。

平凡社新書でありながら、目次から本文まで字体と配置にこだわっていることが伝わります。

緻密な挿絵の花々も美しく、かつ博覧強記の澁澤龍彦エッセンスが凝縮された文章にめまいを覚えました。

クロッカス、の項目は、確かに公共の電波には載せられません(笑)。

ぜひ直接手にとって確かめてみてください。

 

願わくばもう一度、挑戦者として出てみたい。

 

あ、それでも、ビブリオバトルは是非!直接!対面で!やってみて欲しいです。

ラジオはあくまでやり方の一つ。ほんとは喋る時間が5分なので、普段のビブリオバトルではあと2分長いんです。

ぜひぜひ足を運んでみてください。

全国各地の開催はこちらから。

http://www.bibliobattle.jp/

 

ではでは

【花岡猫子、ラジオに出ます】2018年4月13日のミニ・ビブリオバトルの話

  • 2018.04.08 Sunday
  • 09:50

【私、ラジオに出ます】
2018年4月13日(金)午後10時00分〜午後11時10分のラジオ第一・NHKジャーナル内「文化流行」にて、ミニ・ビブリオバトルに出演します。
テーマ「花」をもとに1冊の本を紹介する予定です。
お忙しいとは思いますが、よかったら聴いてみてください。
http://www4.nhk.or.jp/nhkjournal/

 

ビブリオバトルを始めて7年、まさか自分の声が公共の電波に乗る日がくるとは思いもしませんでした。

好きなことを、出会う人に恵まれて続けてきて、大勢の人に自分の紹介する本について聴いていただけるチャンスが巡ってきました。本当にありがたいことです。
社会人になるまでの過程で、大人になったら何かを諦めるものだ、と。

好きなものを否定して仕事に打ち込むことが良い生き方なんだとどこかで刷り込まれているようで。

でも、何かを捨てなくても楽しく、人と良いつながりを持ちながら生きていけることができるんだと少しずつ知っていくこともできて。

『なあ、諦めなくてよかったな。続けられてよかったな』って、あの時の、人に向けられた矢でも積極的に当たりに行って傷ついて泣いているくせに「別に痛くない」と言い続けていたような、そんな自分に言いたいです。

ほんと、こんなチャンス滅多にないから自分でも文章がおかしいですね。

 

ちなみに、前回の様子は下記のリンクからご覧になれます。よろしければどうぞ。
http://www.nhk.or.jp/radio-blog/bangumi/nhkjournal/291853.html

 

#スゴ本オフ の出逢いに感謝。/ちくま哲学の森『生きる技術』(筑摩書房)

  • 2018.01.22 Monday
  • 21:43

〈突発的なメモ〉

昨年参加した「スゴ本オフ」で出逢った一冊。昨日やっと読みきった。

じゃんけん時にくださった方に感謝。

 

量は長すぎず、内容はくどすぎない。

好きなところから読めるし、気になれば巻末の参考文献でさらに先のテクストへ導いてくれる。

絶妙な配分と、探りを入れたくなるテーマとの相性がたまらない。

今は全8巻のシリーズ、すべて揃えたくなってきている。

 

「アンソロジー」と言われる書籍はあまり読んだ経験がなく、

本と言われたら、何か一つの主題を取り上げて読み終わるまでそれにじっくりと向き合うもの。

...だと思っていた。そうではなかったのだ。

 

もともと、参加したスゴ本オフは「お金」がテーマの回。

この本を出した方は司馬遷の「貨殖列伝」の部分を推していて、

読んでみるとこう、貨幣について清流が流れるごとく明快、な描き方をしていたと思う。

「では現実は...」とつい考えてしまう。

今もページに貼られた付箋は外せない。

 

驚いたのは、古今亭志ん生、萩原朔太郎、ショーペンハウアー、モンテーニュ、ラッセルなどなど作家や思想家の大御所が続いた中、

ケニヤ生まれのジョモ・ケニヤッタによる「ケニヤ山のふもと」、

ノルウェー北部はサーメ人のユーハン・トゥリ「サーメの暮らし」、

レバノンのはリール・ジブラーン「結婚について/子どもについて」、

...と、いわゆるマイノリティな立場の文章が続いたことだ。

 

どの文章も読みながら心がしんと静かに乾いていった気がする。

特に「ケニヤ山のふもと」は、読みながら体がこわばっていった。

描かれていることは確かに怖いことなんだけど...でも、目はそらしちゃいけないよな、と。

 

で、実は更に驚いたことがあって、

前述の文章を翻訳した野間寛二郎さん、大学院時代に反アパルトヘイト活動の資料に触れた時に何度かお見かけしたことのある名前で、卒業後にこのような形で(一方的だが)またお名前を拝見することになったのだ。

ホントに一方的に私が知っているだけなんだけれども、妙に驚いて浮ついてしまった。

「今をどう生きるか?」と悩むひとこそ佐倉の歴博に行け!/企画展「1968年」 -無数の問いの噴出の時代- を観て

  • 2017.10.29 Sunday
  • 22:10

JUGEMテーマ:博物館

(以下、酔いどれと興奮モードで書いております。)

 

合言葉は「勇気」...かもしれない。

 

現在、千葉県は佐倉の歴史博物館でやっている企画展「1968年」無数の問いの噴出の時代 を観てきた。

(いろんな観点から書けるけれど取り急ぎ書くとすれば...という程でここにまとめておく)

以下の項目に当てはまる人、しのごの言わずぜひ行って欲しい。

 

●日本近現代史を専攻している人。(現役学生はマスト!教授に言われる前に行こうぜ!)

●日本近現代史のテーマで論文を書いている大学院生(まぁ、こんなブログ読まなくてもスケジュールに行く予定はありますよね? あ り ま す よ ね ???)

●ここ数年、デモに行ったけどイマイチすっきりした感覚がない人

●「戦後の歴史」って言われてもヨクワカラナイという人

●「全共闘」って、ただヘルメット被って火炎瓶投げて暴れていた人たちでしょ? と思っている人

●60〜70年代のカルチャーに興味がある人

●「人の書いた日記」・「借りた本に書かれたらくがき」を見るのが(かなり)好きだという人

●赤塚不二夫の漫画が好きな人

●安彦良和ファン(弘前大学関連の資料展示は必見。今後展示が変わる可能性もあるそう。見といて損はない)

●先生になりたい人

 

そして行くなら是非、単眼鏡を持って行って

私は忘れて後悔した。字が細かくて読めないの(泣)。

 

実は私、出立時間を見誤って13時からの荒川先生によるギャラリートークを聞けたぐらいで、見れた時間は3時間弱、資料も半分しか見れていない。

その状態でもおすすめ記事を書きたいのは、この展示を1人でも多くの、特に今の10代から30代までの人に見て欲しいと思ったから(ちなみに、展示に関するアンケートに答えると先着1,000名限定で歴博の招待券がもらえるぞ)。

 

今回の展示は、1960年代以降の日本の社会運動について、主に運動側の資料を用いて「運動側から見た歴史」をまとめたもの。

荒川先生の解説によると、この時代の特徴は「個人が社会に対して主体的に問いを発する」というものなんだそうな。

(レビューにある『豊かさへの渇望』を事前に読んでおくと、今回の展示がぐっと分かりやすくなるぞ)

 

展示を見ていて思うのは、誰かに言われたから動く、だけじゃなくて「自分で考えて動く」という人がぐっと増えているということ。

 

ベトナム反戦運動の中心だったベ平連に始まり、足元の差別問題に向き合ったベ平連こうべ。過酷でも生き生きとした女性達の顔が眩しい三里塚闘争。元チッソの作業員が克明に書き出した工場内の地図と滲み出る労働の苦労とユーモア(これは本当にすごかった)。革新自治体の論理を華麗に切り返した横浜新貨物線反対運動。

そして、「大学とはどんな場所であるべきか?」を真剣に問い続けた学生達。それに答えようと徹夜で議論を重ねた教官達。合間に落書きや漫画を挟みながら、「自分はどう生きるべきなのか?」と、技術的な上手い下手に関わらずがむしゃらに考えたことが伝わる数々の資料。いわゆる「暴れた人」っていうのはごく一部の人たちで、そうじゃない人もたくさんいたんだってことをもっと資料を読んで確かめたかったなぁ(時間切れ)。

 

機関紙やスクラップブック、ビラ(チラシ)など、「誰かの手によって作られた、『これを伝えたい』という思いが載った印刷物」を見て行くうちに、「私」がこの行動をとる理由は「あなた」や「誰か」の行動に感じるものがあったからなんだ、誰かが伝えた思いは、本当にわずかでも誰かに伝わって、その人が行動を起こしているんだ、という、細くても蜘蛛の巣のように広がる「勇気」を感じるのだ。

 

あとねー、私思うの。こういう展示の内容が「マニアック」なもので終わってほしくないの。

何十年も前だって、人前で何か話すこと、何かを伝えること、訴えること、にものすごく勇気を出して踏み出した人たちがたくさんいた。褒められたり馬鹿にされたり何度もしたんだと思う。でも、その行動の結果は今、なんとか残っている。

だとしたら、今何かに迷っている私は何をすればいいのか?

 

歴博という施設そのものがそうなんだけど、特に今回の企画展は徹底的に「それで、今のあなたはどうするの?」って問われ続ける空間なの。戦争も平和も大学も差別も病気も障害も生活も、本当に問題は解決しているのかな?と。その状況を見てあなたはどう思う?何をする?って。

 

その経験があるかないか、感じるかそうでないか、真剣に考えた時間があるかどうか、で生き方が大きく変わる気がするのね。

 

見終わってから偶然会った知り合いと「このあいだの選挙の結果も、今回の展示を踏まえて考えると結構面白いかもね」って話してた。そういう議論の肥やしにできる。

 

だから、何か人生に迷ってますー的な人は一度歴博に来てみるといいんじゃないかな。

国立の博物館だからお土産が面白いし、展示室内のソファも多いし、レストランもあるから1日中いられるよ。

古代カレー美味しいよ。私はかき揚げそばを食べちゃったけれど!

 

取り急ぎ、眠いからここまで!(笑)

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